日本の民俗学の祖とも呼ばれる柳田國男は、1875年(明治8年)7月31日に現在の兵庫県で8人兄弟の6男として生まれ、現在の利根町布川で医院を開業していた兄のもとで、少年時代を過ごしました。
柳田國男と私の誕生日が同じということに、勝手にご縁を感じつつ、既存の文献資料だけではなく、現場調査(フィールドワーク)を重視した柳田國男について、少しずつ調べながら学んでいきたいと思います。

利根町布川で過ごした期間は2年ほどでしたが、小川家の土蔵に収められていた書物『利根川図志』や庭に建てられた祠での体験、徳満寺の「間引き絵馬」など、布川での様々な体験が、柳田國男を民俗学の道に駆り立てるきっかけをつくり、1962年(昭和37年)に88歳でなくなるまでの、柳田國男の生涯の学問には、利根町布川での体験が底流にあったと言われています。



利根町側から見た利根川です。柳田國男も見ていたことでしょう。利根川は、かつて重要な水運でしたが、利根川沿いの地域は水害に悩まされてきました。江戸時代には中下流の付け替えなどの河川改修が行われ、地域を水害から守る努力は現在も続けられています。
利根町役場は利根川のすぐ側にありますが、ハザードマップで見ると、安全な高台に建っています。1階のロビーはフラットで、避難所としての役割を果たすための建物なのではないかと思いました。先人の知恵と先見に敬意。


