ChatGPT(チャットジーピーティー)を使ってみて

デジタル化

人間が質問や指示をすると、自然な文章で回答する対話型人工知能(ジェネレーティブAI)「ChatGPT(チャットGPT」が、世界中で大きな話題となっています。ネット上の膨大なデータから自発的に学習をして、回答をアウトプットするAIで、開発の一旦中止が議論されるほどの、ものすごい速さで仕事の仕方や教育、従来の学問など、社会を変革する力を持つ生成AIです。まずは使ってみることが必要だろうと考え、個人情報の安全が確保できる環境で使用してみました。

ChatGPTの登録は簡単で、すぐに使うことができました。英語の方が適切に対話できるようですが、日本語も使うことができます。

驚いたのは、日本語の文章が、とても滑らかなことです。回答の内容が実際と違うところもありましたが、文章が自然なので、実際を知らなければ、間違いに気づかないかもしれません。フェイクニュースの増産が心配されているのもうなずけます。

そして、ChatGPTには、機械的ではなく、賢くて謙虚で一生懸命な、人柄のようなものを感じました。AIなので、賢いのはあたりまえなのですが、賢くて人柄の良い人と対話しているような、このような感覚は、今まで感じたことがなかったかもしれません。

ChatGPTを人間の脳で例えれば、大きさとニューロンやシナプスの数が圧倒的に違うので、ものすごい速さで欠点を克服し、ますます賢くなっていくのは確実です。倫理観や個人情報、著作権の問題など、現在、心配される問題のほか、今後、どのような新たな問題が発生するかわからないという不安もありますが、仕事の現場であれば、AIに、どのような指示をだせるかということが求められ、AIをパートナーとすることが、あたりまえの時代がすぐ来るように思いました。

ただし、世の中のすべてのことがネット上にあるわけではありません。センセーショナルなことはデータ量が多くなりますし、また、AIのアルゴリズムに偏りがないとも言えないであろうことから、自分で観察してみる、経験してみるということの重要性が増すように思います。

利根町と縁のある柳田國男は、既存の文献資料(当時はインターネットはありませんでした)だけではなく、インタビューや観察などの、コツコツとした地道な現場調査(フィールドワーク)を重視したことを思い出しました。デジタルデータを活用するとともに、自分のバイアス(思い込み)に注意しながら、この姿勢を忘れないようにしたいと思います。

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